もぐもぐと独逸

ならでは食と独逸物語。

006 ポルトガル美食記 before coronaーカスカイスの地元食堂

ナツさんは美味しい店を探しあてるのがうまい。リスボンを離れてカスカイスに来たときもそうだった。

 

「観光地化した町ではさ、だいたい街の中心部から外れたところに旨い店があるんだ。そういうところに地元の人たちが通うんだから。」

 

と、熱っぽく語った。太陽の光が彼の肌をじりじりと焦がしていた。額から汗がしたたり落ちている。

 

「休もうよその辺の店で。」

 

ポルトガルの強烈な日光は私やコナツにはきつい。休みたいし、昼食も食べたい。声をかけてみたものの、ナツさんは止まらなかった。古い時代には王族が夏を過ごしたというカスカイスの町を、どんどこどんどこ歩いていく。

 

「旅の間に食べられる量なんて限られているんだ。りっちゃんみたいに僕の腹の容量はでかくない! 少しでも旨い店で食べたいというのが人情ってもんだろう。」

 

目の色が変わっている。重大事なのだろう。旨い店というのは、ナツさんの定義では観光客向けのレストランではなく地元の食堂である。地元の人が通うところほど旨い、というのがナツさんの持論だった。

 

コナツを抱きしめ汗を流しながら(コナツに水分補給しつつ)15分は歩いただろうか。メインストリートから外れて中心街から離れたころ、軍服を着たポルトガル人の男性が、深緑に編まれた窓枠の美しい店に入って行くのが見えた。ナツさんはそれをじっと見て足を止め、「間違いなく地元の人だ。」とつぶやいた。すでにほかに選択肢はないらしい。店の門をくぐり抜け、ずんずん中へと入って行く。私やコナツも後に続いた。壁には魚が描かれており、イカリがかかっている。中庭にはテーブルがいくつか出ており、日よけのパラソルが何本も伸びていた。

 

店の中は所せましとテーブルや椅子が並べられていて、大勢の客でにぎわっている。奥のキッチンからガチャガチャと皿を洗う音が聞こえてきた。庶民的な食堂のようだった。窓際に人を待っている様子の上品な婦人が座っている。私たちは入口に近いテーブルの一角に案内されて席についた。相席だった。(目の隅に、ナツさんがさりげなく隣の2人が食べているものをチェックしているのが見えた。)

 

「やっぱり貝の酒蒸しははずせないよね。」

 

メニューを見ながら、彼は言う。

 

「そうね、鰯の炭火焼きも食べたい。」

 

私も答えた。ポルトガルに来たらぜひ食べたい定番メニューだ。店員さんに注文すると、しばらくして大ぶりの貝のワイン蒸しが運ばれてきた。

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この大きさ。貝の酒蒸しはポルトガルで行った店のなかでここがいちばん美味しかった。檸檬とハーブとワイン、貝のエキスの組み合わせといったら! 夢中でむしゃぶりついていたら、ナツさんがにやにやとこっちを見つめている。

 

「りっちゃん、それパクチーだよ。この前もリゾットに入ってたけどさ。」

 

「コリアンダーでしょ。」

 

「コリアンダーが、パクチーなの!」

 

しばらく沈黙する。つっこまれるまで気づかなかった。パクチーの風味が苦手なはずなのに、私ったらばくばく食べていた。というか、コリアンダーってパクチーだったのか。別物だと思ってた。別物だと思えば食べれたのである。

 

それに、この酸味と清涼感、海の味。暑い中食べる檸檬とパクチーは口の中をさっぱりとさせ、くわえて貝の濃厚なうまみも広がっていく。この組み合わせは、黄金だと思う。私の苦手まで克服してしまうなんてすごい。思わず笑みがこぼれたとき、窓際の女性と目があった。「たっぷり召し上がれ。」とにっこり微笑んでいる。

 

鰯の炭火焼も、けっきょくこの店がいちばん大きく、素朴でどこか懐かしい味がした。幸せ。軍服を着た男性が友人3人と談笑している。ゆっくりと心地よい時間が過ぎていく。

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 つけあわせのオリーブをフォークで突き刺そうとすると、窓際の婦人が身振り手振りで「手で食べて構わないのよ。」と教えてくれた。手でかじると、塩漬けのオリーブはみずみずしかった。自家製なのだろう。

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深皿のサイドにアーモンドのようなものがたくさんつまれている。手でとってかじってみる。ただの種だった。赤面した。ナツさんがオリーブを食べて種をつんだのである。思わず先ほどのご婦人に見られてなかったか確かめたが、婦人は窓の外を見ていた。よかった。

 

満腹で店を出ると、行列ができていた。人気店らしい。うまいタイミングで待たずに店に入れたのだ。幸運だった。

 

ナツさんのあまりの行動力に恐れおののくことが多いけど、この日はとても幸せで、彼の抜群のカンに感謝した。そのあと地獄の口といわれる観光名所を見てから、夕刻ゆっくりとホテルに向かった。