もぐもぐと独逸

ならでは食と独逸物語。

002 コインランドリーの乱 前編

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  やり場のない怒りに満ちた日は突然やってくるものだ。でも相手が機械であればどうにもならない。

   

 その連続事件は新婚の秋に起きた。そのころ我が家には洗濯機がなかった。歩いて15分ほどかかる近所のコインランドリーに、通っていたのである。

 

 私たち夫婦は洗濯物を袋いっぱいに詰めこんで、アパートの階段を降りていた。袋は、腕にずしりと重い。忙しかったからだ。ずいぶん溜めこんでしまった*1。こんな日に限ってエレベーターは故障していて、5階に住んでいても、階段を下りるほかなかった。

 

「帰りは重そうだな」

 

 脱水するとはいえ、帰りの洗濯物は水を含んでいる。持ち帰って階段を上るのはきついだろう。

 

「大丈夫だよ、ぼくが持つから。」

 

  ナツさんが気楽に笑った。彼は力持ちである。ドイツの女性もよく重い荷物を一人で運んでいる。自分も筋力がないとこの国で生きていけない気がして、こういうときには引け目を感じてしまうのだけど、まあ今回は二人いるのだし、ちょっと重たくても、たぶん大丈夫だろう。

 

 コインランドリーの愛用機である7番は、まだ空いていた。料金はきっちり4ユーロ。洗っている40分の間に、向かいのスーパーで買い物すればいい。鼻歌を歌いながら、スイッチを入れた。

 

 ところが、7番機が作動しない。ガチャガチャとドアを開け閉めしてみた。だめである。ボタンを押してみた。びくりともしない。

 

「ほかの洗濯機にしようか」

 

 ナツさんはため息をついて、コインの返却レバーをひねった。私は一抹の不安を感じながら頷いた。一度つまづくとどんどん悪いほうに行く気がしたのだ。4ユーロは返してもらわねばならない。が、ひねっても、ひねっても、お金は返ってこなかった。 

 

「……ああ、もう! いつも使ってるのにこの仕打ちはなんだ! 浮気してやる。ラッキーセブンじゃなくても、ぼくはかまわない。」

 

 ナツさんは吐き捨て、私は6番に洗濯物を移した。ラッキーセブンというのはずらりと並ぶ同じ型の洗濯機の中から7番を選んだときの唯一の基準である。この際、そんなことはどうでもいい。6番にあらためて4ユーロを入れた。

 

 …ゴオンゴオン

 

 代理の洗濯機が無事に動き出した。これで買い物に行ける。

 

 彼は4ユーロを無駄にしたことに納得のいかない様子で、ぶつぶつ言っていたけれど、返ってこないものは返ってこない。代理6番で動いているのだから、とりあえず、夕食の買い物に行くことにした。

*1:ドイツでは水道代が高く、もともと毎日は洗濯できない。