もぐもぐと独逸

ならでは食と独逸物語。

008 うどんを打つ男

ある日曜日のことである。朝目を覚ますと、キッチンから、どおんどおんと音が聞こえる。

 

つい30分前には、小さな愛息コナツを挟んで、相方のナツさんが寝ているのを、薄目で確認したばかりだ。それが、今はいない。

 

コナツを真ん中にベッドで川の字に寝ていると、だんだんコナツの体が時計回りに動いて横一文字になり、川の字は、アルファベットのHの形になる。時には、アルファベットにもならず、いびつなあみだくじのようになる。

 

ミルクの出どころ近くに頭を置いておきたいコナツは、ママの首元か脇腹に頭を突きさし、ナツさんの頭か脇腹に、足を蹴り出すことになる。これが、ナツさんに非常な不公平感を与えるらしい。

 

そのストレスを解消するためだろうか。早朝から、彼はキッチンで重々しい音を立てている。何が起こっているのか、確かめるべきか。そっとしておくべきか。

 

悩んでいるときに、キッチンから叫び声が聞こえた。

 

「りっちゃん! へーールプ!!」

 

何事だろう。のそのそとベッドから起き上がりキッチンを覗くと、手を小麦粉まみれにしたナツさんが、目を輝かせて私に話しかけた。

 

「小麦粉がさ、たりなかったんだ。ちょっとたしてくれない。」

 

寝ぼけまなこでそばの小麦粉に手を伸ばす。小麦粉をボウルにふり入れると、近くに置いてあった浄水器が粉で真っ白になった。

 

「もう少し、そう! それくらい。」

 

情熱的である。

 

「何を作ってるの。」

 

私はナツさんから発せられるエネルギーについていけないまま、そっと聞いてみた。

 

「うどんだよ!! うどんを打ってるんだ!!! アジアンマーケットでうどん買ってくるのさ、面倒でしょ。高いしね。」

 

「そ、そうね。」

 

彼は生地を足で踏まずにすべて手を使って生地を作っていた。うしろの棚には、アジアンマーケットで買ってきたうどんが三玉残っている。買いに行くのが面倒だとか言ってるけれど、たぶん買い置きのうどんでは満足できなかったんだろう。ほとばしる情熱によろめきながら、私は食卓を整え始めた。

 

「あ、生地を寝かせるからさ! もう少し後でいいよ!!」

 

声が飛んできた。しばらく時間をおいて、私はふたたび食卓を台ふきんでふき始めた。ナツさんは生地をのばして、包丁で丁寧に切って麺を作り、鍋でぐつぐつとゆでていく。ゆでている間、冷蔵庫からミンチと味噌を取り出し、手早く野菜を切って、材料を合わせて炒め、肉みそを作った。すばやい。

 

肉みそを手際よくうどんとからめてできあがり。

 

こうして、ぷりぷりの肉みそうどんが朝ごはんに登場した。

 

f:id:vitamin18:20211003224810j:image

コナツを起こして座らせ、三人でゆっくりと食卓を囲む。幸福な朝ごはんだった。とても美味しい。

 

「やっぱりTYPE450が食べやすいかな。この前のはTYPE1050を使ったけどさ。」

 

ドイツにはミネラルの含有量別に様々な種類の小麦粉がある。TYPE450は家庭用の一般的な小麦粉で、薄力粉のイメージだ。何を作るかでどのタイプの小麦粉を使うかが決まる。TYPE1050は家庭でMischbroteという混合パンを作るときなどに使うのだけど、少し味が変わる。

 

ただそういう情報は、半分夢の中でうどんを頬ばるコナツと私にはあまり入ってこない。口の中に手作りのうどんの味が広がっていくのを、幸福な気分でかみしめているだけである。ナツさんのうどん研究は続く。子育ての忙しい日曜日の朝。ものすごく贅沢な朝ごはんは、ナツさんの情熱によって、突風のようにやってくる。